流石に夏休みが終わる 祖母の人生について
法事を絡めて休暇を取っていたんで少々長めの夏休みだったが流石に終わる。
仕事というより人間関係が始まることが憂鬱だったりする。
始まってみれば多分なんてことはないんだけど。

昨日は実家で祖母の四十九日であった。
納骨の2日前にデッキブラシで墓掃除(暑すぎる)。
台風7号をダラダラとやり過ごし、バタバタと寺へ。
慌ただしく法要が始まり、ポクポクポク。
あっという間に祖母は祖父のいる墓へ納まってしまった。
昭和の始め頃の生まれの人に話を聞くと「人生、そんな経緯ってある?」みたいなとんでもない歩み方してたりするけどうちの祖母もなかなかのもんで。
祖母は昭和2年の福島県生まれで、10人兄弟(流石に多すぎない?)の下から2番目。
幼少の頃に小豆相場というので何やらやらかし、一家で東京へ移住したため育ちは東京府向島区。
女学校卒業後、学校の推薦で三井物産へ入社、銀座で物見遊山に勤しみながらウキウキで勤務するも、数年で静岡へ疎開。
疎開先の近くにあった美容室で従業員募集の貼り紙を見つけ、住み込みで働き始める。しかし先輩が嫌いすぎて2年で辞める。
東京大空襲で住んでいた長屋が焼けたので福島へ移り住む。
父親が留守の隙に銀行を巡り歩いて融資にこぎつけ、土地を借りて経歴を詐称し美容室開業。以降市内の美容業界を牽引する。。
34歳で自転車屋のカメラマンと結婚。当時としてはめっちゃ晩婚。お嫁さんをつくって写真まで撮れますみたいないい感じの商売をする(祖母のことだから、そこまで見据えた結婚だった可能性も?)。
保守的なくせに典型的な「髪結いの亭主」であった祖父は、名ばかりの社長をしながら安っぽい趣味道楽に店の金を注ぎ込んでおり、祖父母は離婚ギリギリで別居に踏みとどまっていたw
葬式には市内外のあちこちから祖母の元お弟子さんやお客さんが集まって、いろいろな話を聞いた。
ずいぶん従業員を大事にして、あちこち連れて行ったり、開業の援助をしたり、呼ばれたら講演に出かけて行ったり、慕われていたみたい。
なんだかすごい人生だ。
親戚の家に出入りしている方の中にすごく“視える”人がいるらしく、祖母は、その人とお話ができることが嬉しくて度々彼女の前に現れているらしい。。
祖母は死んで清々しているみたいだ。うん、すごくそんな気がする。
同世代の親戚の子供たちの間で、祖母のことを密かにラスボスと呼んでいた。
ラスボスもやがて死ぬ。不思議。
何か、一つの時代が終わった感のある、我が実家である。
